私たちは平成8年、バブルがはじけた直後、建設業界の将来に対する危機意識から、秋田県の建築住宅課長とともに、専門工事業者16社で「すまい塾」という小さい会をつくり、勉強会を始めました。

 そこで議論されたのは、建築というのは、職人が建築をつくっているということでした。たとえば、木造であれば大工、左官、建具、塗装、内装など、皆さん職人です。しかし、その職人が年々少なくなってきていることがわかりました。特に若年が非常に少ないのです。ちなみに秋田県の大工の例では、年齢の比率は50代が20%、40代が53%、30代が22〜23%で、20代となると2〜3%という寂しい状況です。若くなるに従って非常に少なく、20代の数値でみると、10年後、限りなくゼロに近くなるのではないかと不安です。なぜこのようになったのか。大きな問題であり、これを解決しなければいけないだろうという結論になりました。

 そもそも職人というのは、かんなを削っている姿だとか、ほぞを掘っている父親の姿を見て、その仕事を継ぐケースが非常に多かったし、またそれが望ましい姿だろうと思います。現実には、残念ながら職人のお子さんは、お父さんから「職人になるんだったら、学校に行ってサラリーマンになるなり、何かやったほうがいいよ」と諭されるようで、親のほうが子供に他の産業への転身を進めているのです。これでは、職人がどんどん少なくなってしまいます。

 こうした原因には積年の問題があるようです。戦前は職人が直接お客さんから仕事をもらってしていたのですが、それが昭和50年代に急速に進んだ建設業の系列下で、元請から下請になり、現在では孫請やひ孫請が大半になっています。それに伴い、賃金が大幅に下落しました。私たち設計段階で1万9500円でも、職人の段階では1万4000円とか1万3000円という金額になっているのです。経済的問題点です。

 そして、仕事に対する評価という問題もあります。職人を支えてきた要素として、いい仕事をすればお客さんから「すばらしい」という評価を受け、だめなときは怒られる。至極単純なこのことが、職人の大きな生きがいになっていたのです。孫請やひ孫請となった現在、お客さんからこういう声が職人には入ってこないのです。いいときは元請が褒められ、悪いときだけ下請も一緒になって怒られるという状況の中では、精神的にも報われないのです。

 こんなことでは職人はやってられないと考えるのは必然的で、実はこれが大きな問題だと思います。この辺の問題を解決しなければ、職人は今後もどんどん少なくなってくるだろうと思います。対処策としては、直接、職人に発注する、または直接顔の見える仕事の環境をつくることではないかなと考えます。